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カテゴリー別アーカイブ: 翠光堂仏壇店のお知らせ。~スタッフのブログ~

グミマロ ~翠光堂仏壇店~

こんにちは、吹田店の海東です。

マシュマロ エレガンスの「グミマロ」というのを食べました。

甘酸っぱいもちもちのグミで、ふわふわのマシュマロが包まれています。

これが結構合います! 好き嫌いは分かれそうではありますが、僕は好きです。

いろんな味があって見た目も良くて僕はおススメです^^

お祝い ~翠光堂仏壇店~

幼稚園を併設されているお寺様より

先生がご結婚されるのでお祝いの記念品にと、お念珠を選んで頂きました。

 

 

 

 

 

 

 

お念珠は、ご葬儀の時だけ使うもではなく

普段お仏壇にお参りするとき や、

仏教の儀式(仏式の結婚式、お彼岸、お盆、お寺にお参りする時等)には

作法として必ず使用するものです。

みなさまも、ひとつはお持ちいただくようおすすめします。

灯篭配線交換 ~翠光堂仏壇店~

お寺様から永代経の御懇志を頂いたお礼に、

ご門徒様宅のお仏壇にLED電気の配線依頼を受けて、

お宅にお伺いしました。

交換する前は、灯篭だけ照明が付いていましたが、

配線をしなおし輪灯にも照明を付けました。

全体に明るくなりお客様もとても喜んでいらしゃいました。

LED電球は長時間持ちますし、

電気代もあまりかかりません。

みなさまも、ぜひご検討ください。

降誕会法要兼若院得度披露 ~翠光堂仏壇店~

大阪市内の浄土真宗本願寺派(西本願寺)のお寺様のご子息が得度を

受けられて降誕会法要兼若院得度披露が行われましたので、お参りさせて頂きました。

得度とは、髪を剃って僧になることです。

真宗寺院のお得度の儀式は夕方から夜にかけて行われることが多いです。

これには、あるいわれがあります。

幼くしてご両親を亡くされ、激しい無常を感じられた親鸞聖人は、九歳の春に出家の志を深

く心に固め、叔父の日野範綱(ひののりつな)卿に伴われて、京都の粟田口にある青蓮院

(しょうれんいん)の門をくぐり、出家得度(しゅっけとくど)の式にのぞまれました。

しかし、得度はスムーズに行われず夕暮れ時となってしまいました。

得度には中務省(なかつかさしょう)という役所の許可が必要だったのですが、その許可が遅れたためでした。

当時の院主・慈円《慈鎮和尚とも言う・天台座主(てんだいざす)をつとめられた高僧》が、

今日は日も暮れかけたので、明日にしようと言われた時、幼い親鸞聖人はこのような歌を詠み院主に訴えました。

「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」

今、咲き誇っている桜も今晩嵐にあって散ってしまうかもしれない。

私は今、得度式をしてほしいという切なる願いをもっています。

仏法には明日は無いというきびしい思いだったのでしょう。

歌に託された童子の心根に感嘆された慈円院主は、

さっそくその夜に得度出家の儀を行い、僧名を範宴(はんえん)と名付けられたのでした。

現在、巨大な楠に囲まれた青蓮院に『親鸞得度の間』があり、

内陣の左右には、慈円と親鸞の真影がかかげられています。

 

駐車場  ~翠光堂仏壇店(阪急淡路駅前店)~

翠光堂阪急淡路駅前店です。

お客様用駐車場の閉鎖に伴い、大変ご迷惑をおかけしました。

新しい駐車場(コインパーキング)が出来ましたのでお車でご来店のお客様はご利用ください。

駐車代金は当店で負担いたします。

当店は阪急京都線、千里線淡路駅より徒歩1分ですので公共交通機関

でのお越しも便利です。ご来店をお待ちしております。

仏具修理 ~翠光堂仏壇店~

禅宗のお寺様から印金と言う仏具の修理をご依頼頂きました。

同じように見えますが、低音と高音の音色に分かれています。

修理前

 

 

 

 

 

修理後

 

 

 

 

 

柄を取替え、布団を一回り大きくし、りんも磨き直しました。

常例法座 ~翠光堂仏壇店~

大阪市東淀川区の本願寺派(お西さん)のお寺様の常例法座に

お伺いしました。

真宗寺院は、親鸞聖人時代から聞法を大事にして、現在まで

み教えを伝えてきました。

さくら ~翠光堂仏壇店~

取引先のお寺様にお伺いして境内を見るとさくらがきれいに咲いていました。

昨日までは、三、四分咲でしたが、気温が上昇していっきに見ごろになりました。

お位牌の行年。 ~翠光堂仏壇店~

お位牌に記されている故人の年齢を見て、不思議に思ったことはありませんか?

それは実年齢ではなく、数え年で表記されていることが多いからです。

場合によっては満年齢より2歳年上になることもあります。

お位牌や墓石の故人の年齢には『行年』『享年』などの文字が通常付いています。

『行年』の「行」は経歴を意味し、「故人が浄土にいった年齢」という考え方があります。

また、『享年』とはこの世に生を「享(う)けて」から何年経ったかを表しています。

今の年齢に母親のお腹の中にいた1年を足した数になります。

現世で生きていた期間が長いほど徳が高いという考え方などから、

『行年』でも『享年』でも年齢は数え年を用いることもあったようです。

数え年というのは毎年お正月に年神様から1つ年をいただくという考え方です。

 

仏教の世界の慈悲。 ~翠光堂仏壇店~

『慈悲(じひ)』という言葉があります。

一般的には、目上の者が目下の者へ情けやあわれみをかけるといった使い方をされています。

仏教の世界で『慈悲』は、『慈(いつく)しみ』 『悲(あわ)れみ』という別々の単語が合わさった言葉です。

教義的に、『慈』は楽しみを与えることの与楽(よらく)、

『悲』には苦しみを抜き取ることの抜苦(ばっく)という意味があり、

目上・目下は関係なく、すべての生命に対して平等な心を持つこととされています。

また、『慈』には「友情」の意味もあり、それは特定の友人にだけではなく、分け隔てのない友情を誰にでも捧げるという深い意味もあります。

たとえ、自分がどんな苦しい状況だったとしても、どんな人にでも、常に無償の友情を持ち続けることが本当の《慈悲のこころ》とされています。